911と、ある恋のおわり (再録)

このポストは、昨年の9月11日にmixi上で書かれた文章に改行などの調整のみ行ったものである。

9月11日。
この日は僕にとって、何か特別な日なのかもしれないと考える。

6年前の今日、僕は恋人の家にいた。夜だった。
二人で「シザー・ハンズ」のビデオを観ていたんだけど、内容は全く頭に入ってこなかった。
僕はずっと、隣の女の子のことばかり考えていた。

彼女には、僕のほかに好きな男がいた。
相手の男にはちゃんとした恋人がいたが、関係に少しトラブルがあり押せばなびくような状態だった。彼女はそれを楽しんでいた。
対して僕と彼女はもう4年付き合っていて、トラブルは全くなく、二人の間は(上記の一件を除けば)非常に安定した状態だった。

彼女は安定に飽き、刺激を求めている。しばらくすれば、自分のところに戻ってくるだろう。それがわかっていたから、僕はずっと待つと彼女に伝えた。
でも、こういう宙ぶらりんな状態を続けるのは心底嫌だった。こんな状態でも、僕が求めれば応じる彼女も嫌だったし、すっぱりと会うことをやめられない自分自身も嫌だった。

これから僕たちは、どうすればいいんだろう。そんなことばっかり考えているうちに、映画は終わった。
ビデオが止まり、自動的に吐き出された。会話はなかった。
次の瞬間、ビデオ入力モードからテレビに戻った画面に我が目を疑うような光景が映っていた。

貿易センタービルから煙が上がっている。
何だこれは? 映画か何かの凝った宣伝だろうか?

そう思っているうちに、画面右手から旅客機が飛んできて煙を噴いていなかった方のタワーに激突した。新たな煙が上がる。
アナウンサーが、これは生放送だと強調していた。

アメリカ同時多発テロの勃発だ。

彼女にとって、この事件は「遠く海の向こうの大惨事」だった。
でも、僕にとってはそうじゃなかった。
僕にとってこの事件は「常識の崩壊」だった。
普段当たり前にあると思っているものが、簡単に打ち砕かれるその瞬間を僕は目の当たりにしている。そう強く思った。

後から考えると、僕はこの時に彼女から離れる決断をしていた。僕にとって彼女は「守るべき日常」の象徴だったけれど、そんなものは簡単に壊すことができるし、また自分の意志に反して壊れてしまうこともある。そこに固執してそのひとつだけを守って満足してしまうことは、僕という人間(当時21歳だった)の成長を妨げることになる。そう悟ったのは、ノースタワーの崩壊と同時だった。

僕は彼女と別れ、新しい恋をみつけた。
彼女はその後、火遊びの熱が冷めて僕のところに戻ってきたけど、僕には既に新しい恋人がいた。

僕は毎年、9月11日にはこのことを思い出す。
アメリカ同時多発テロと、ある恋のおわり。

 

今日は転職のためにエージェントと面談をする。
新たな一歩を踏み出したことを、来年からは思い出すだろうか?

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3 Comments on "911と、ある恋のおわり (再録)"

  1. Daichi Sakota
    11/09/2008 at 22:15 Permalink

    いま僕が歩んでいる道は、間違いなく去年のこの日の一歩から続いている。無事に転職には成功し、新しい職場にも慣れ、恋人とは結婚した。
    それなのに、今でも昔のことをよく考える。どれだけ先へ進んでも、僕はなお深い混乱の中にいる。

  2. いぬじた
    12/09/2008 at 0:24 Permalink

    はじめまして。
    心に残る文章と素敵なサイトに刺激を受けました。
    本日から読者になります。

  3. Daichi Sakota
    05/10/2008 at 21:59 Permalink

    ありがとうございます。そしてしばらく放置してすいません。
    これからもぐだぐだとつぶやき続けます。

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