従妹の話

離れたきょうだいと芝居

僕には、赤ん坊の頃から知っている従兄妹がいる。上が男の子、下が女の子。
以前「ふたりの母親」の話をちらっと書いたが、この従兄妹はいわゆる「育ての母親」の弟(叔父)の息子・娘にあたる。僕と直接血の繋がりはないけれど、叔父の一家には昔から非常に良くしていただいていているおかげで、ほとんど「何らかの理由で離れて住んでいるきょうだい」みたいな感じで育ってきた。年に3〜4回ほど会っては仲良く遊んだ。旅行に行く時はだいたい一緒に行き、いつも三人一緒にいた。
僕が親に対して特別な感情を抱いているのと同じように、彼らに対してもまた別の特別な感情を抱いている。でも今日はその話ではないので本題に移ろう。今回はそのふたりのうち、下の従妹の話になる。

先週末は従妹の文化祭だった。高校三年生、受験生になる前の最後のイベントだ。
従妹はめんどくさそうに、でも少なからず誇らしそうに「わたしは実行委員のリーダーで、主役もやるんだ」と教えてくれた。僕はにやにやしながら「じゃあその勇姿を見に行かないとな」と言った。えーやめてよー来ないでよ、と彼女は言う。もちろんふたりとも本気じゃない。従兄妹たちがある程度大きくなってからは、口が達者な下の子と僕はふざけてこういった軽口を叩きあうのが常となっていた。いつもの他愛もない軽口。
当然僕としては、最初は別に本当に彼女の芝居を観に行くつもりはなかったのだけど、だんだんと「僕はこの芝居を観ておくべきじゃないか」という気持ちが湧いてきた。何故そんな気持ちになったのか、今ははっきりと思い出せない。以前に上の子の通う大学の文化祭に行った時もそうだった。彼らが自分の知らない顔をしているのが見てみたい──というようなものだったと思う。あるいは親の感覚に近いものだったかもしれない。彼らは普段どんな感じなのだろう、その「普段の感じ」が見てみたかった。たぶんそんなところだ。
僕は改めて従妹とコンタクトを取り、高校の場所と文化祭の日取りと公演のタイムテーブルを教えてもらった。妻にそれを伝えて予定をあけてもらい、一緒に行くことにする。それが先週の日曜日。

日曜日の昼。妻は体調を崩して来ることができなかったので、けっきょく僕はひとりで従妹の高校の前に立っていた。このところ雨雲にその座を譲りがちだった太陽は、こんな時ばっかりきちんと中空にあり、僕の脳天を容赦なく焼き焦がしていた。
僕は恐る恐る校舎に入った。自分が通ったことのない学校というのはいつ入っても不思議なものだ。まったく馴染みのない、それでいて懐かしいような空気が僕を包み込む。落ち着かない気持ちのまま僕は「来賓」と書かれた看板の前まで行き、名簿に自分の名前と住所をしっかりと書き残した。山の中腹あたりで、案内板の柱にこっそり名前を彫り込むように。少なくとも僕はここまでやってきたのだ、ということを確かめるかのように。
実行委員らしい男の子からスリッパとビニール袋を受け取り、校舎の中に入りながら僕は考える。おかしいな、僕は従妹を見に来ただけのはずなんだ。いつも軽口ばっかりで調子のいい明るい従妹が、しっかり者としてクラスを支えてひとつのイベントを成し遂げる、そんな感動的な様子を見に来ただけのはずなのに、僕の心はどうにもおかしな方向に傾きかけていた。少なくともここまできたなんて思う必要がどこにある?

高校時代

僕がその時に考えていたのは、実に自らの高校時代のことだった。

僕は自分の中学時代の「立ち位置」が嫌いだったので、高校に入った後はそれをどうにかしようと必死に立ち回っていた。
中学時代の僕はおとなしい少年であり、暇があれば図書館に入り浸っていた。生徒会に入っていくつかの仕事をし、好きな女の子とデートをしたりもしたが、基本的にはクラス内でのヒエラルキーが下の方であったので、スポーツが得意で態度の大きい連中にはたまに嫌な目に遭わされた。
僕は嫌な目に遭わされるのも自分が誰かを嫌な目に遭わせるのも嫌だったので、高校では徹底的に「中立」を貫くことにした。クラスのどんな層の人間とも親しく話をして、クラス外にも多数の友達がいる。そのかわり特定の団体には(例えば生徒会とか図書委員とかには)絶対に所属しない、そんなところを目指した。もちろん最終的には特定の仲の良いグループと過ごすようになったが、それでも僕の目論見はそこそこうまくいっているようだった。そのようにして僕は高校の三年間を過ごし、ほとんど誰も知り合いのいない大学へ進学した。

公演を待っている間、廊下で従妹とすれ違った。
目を真ん丸にして驚く彼女に(僕が本当に来るとは思っていなかったのかもしれない)簡単に「頑張れよ」とだけ声をかける。衣装姿のまま仲間たちと忙しそうに働いていた。文化祭。

高校の文化祭というと、僕はいったい何をしていただろう?
高校一年生の時は、確か雑貨屋を開いたような気がする。自分がデザインしたものを売ったのはおそらくこれが初めてだ。二年生の時はゲーム・センター。各家庭からビデオ・ゲームを持ち寄った。三年生の時はお化け屋敷のようなアトラクションだった。あまり積極的に関わった記憶がない。
そこではっとする。僕は高校の時いったいぜんたい本当に何をしていたんだ? 思い出せない。沈黙。

従妹が手に入れたもの

予定時間をだいぶ過ぎ、従妹のクラスの芝居が始まる。
この公演は最終日の最終公演、さぞ気合いが乗っているだろうと思い僕はあえてこの公演を選んだ。演目はやや有名な劇団のオリジナル脚本。笑いあり涙あり、歌あり殺陣あり。僕も名前を聞いたことがあったし、去年あたりからメディアミックス展開として漫画やアニメにもなっていた。やがて部屋の照明が落ち、舞台では前触れもなく大立ち回りが展開する。
程なくして彼女は(以前に自らそう言っていた通り)ヒロインとして舞台中央に登場する。スポットライトが彼女を照らし出す。「そうか、花火だ!」という彼女の第一声に僕は釘付けとなる。僕は決意を新たにする。この舞台を隅から隅まで見逃してはならない。座りにくい座席の上で僕は姿勢を正す。見届けてやろうじゃないか、かかってこい。

「演劇」そのものについては、僕は周囲の人たちに比べれば割と観ている方だと思う。もちろん観劇が趣味だという人と比べれば全く敵わないが、それなりに演技に対する目は肥えているはずだ。そんな僕から見れば(かなり上手な人も何人かいたが)さすがにそこで展開されている芝居は技術的にはあくまで「それなり」のものだ。舞台の上にいるのは、まぎれもなく高校生たちだった。手作りのステージ、手作りの音響や照明、少し照れの残る演技。
それでも僕は、知らず知らずのうちに舞台に惹きつけられていった。そこにある「何か」を見つけようとして? そんなこと、その場では考えつきもしなかった。そこにはまぎれもない創作の世界があり、きちんと練られた物語があり、拙いながら一生懸命に作られた舞台道具があり、そしてその中でおなじみの従妹が懸命に自分のロールを演じていた。技術的には彼女より上手な人は何人もいた。それでも、僕にとっては彼女が一番輝いていた。とうとう芝居がクライマックスを迎えたとき、僕は知らずのうちに涙ぐんでいた。

暗転した舞台に再び照明がともり、カーテン・コールが始まる。一人ずつキャストが出てくる。紹介するのは従妹の声だ。最後に彼女本人も舞台に登場し、スタッフ達を紹介する。
いよいよ横一列に並んだキャストが手を繋ぎ最後の一礼をするところにいたって、そこまで気丈にこらえていた彼女の涙がこぼれ落ちた。震える声で彼女は叫ぶ。本日はご来場まことにありがとうございました。Thunders of applause。

僕はその時、悔しかったのだと思う。僕は色々なものに嫉妬していた。人の心をこんなに簡単に動かす演劇そのものに嫉妬し、大好きな従妹と共にこんな舞台を作り上げる機会を得たクラスメイトに嫉妬し、そんな仲間がいる従妹自身に嫉妬した。
僕ははたして、こんなすばらしい経験をしたことがあっただろうか。わからない。そして恐らく僕にはもうそんな機会は巡ってこない。僕が必死になって中立であることを追求しようとしていた頃、どこかすごく近くでこんな体験をしていた人もきっといたんだろう。僕はただそれが悔しかった。
そして同時に、従妹がそんな経験をしているということにたまらない喜びも感じていた。彼女はああして、大勢の素敵な仲間たちの中心にいる。大人になって懐かしく思い出せば、少なくともきっと僕のような思いはしなくてすむ。

僕は他の観客たちと一緒に手を叩きながら大きく息を吸い、ともすればあふれそうな涙をなんとか追いやる。さあ、いつまでも泣いてはいられない。

廊下で従妹を待ち、つかまえて挨拶をした。感極まって抱き上げてしまいそうになったが、そこは何とかこらえる。彼女だってもう子供ではないのだ。かわりに頭を撫でてやる。
簡単に会話を交わす。お疲れ様。見に来てくれてありがとう。舞台すごく良かった。もう燃え尽きたよ。せっかくのメイクが涙でぐちゃぐちゃだな。あははは。彼女も来るはずだったんだけどちょっと具合が悪くなっちゃって。ええ大丈夫? うんよろしく言ってくれと言ってたよ。じゃあわたしからもよろしく言っておいて。笑顔。笑顔。じゃあ忙しそうだからこれで。うんまたねありがとう。そうして僕らは別れる。

Between the long long distance

20歳になる頃、僕の友人たちはよく「もうそろそろ歳を取るのが恐ろしい」と言っていた。十代は終わりを告げて年齢は加算されていく。20、21、22……。そんな友人たちに決まって僕はこう言った。歳を取るのが恐ろしいなんて思ったこと一度もないし、そんなこと思うにはまだまだ早いだろう。だって僕らは20歳だぜ?
日曜日に18歳の従妹が演じた舞台を観て、28歳の僕は生まれて初めて老いを恐れた。僕はその時、確かに自分はもう戻れないところまで進んできているんだということを感じていた。

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6 Comments on "従妹の話"

  1. Quattro
    09/09/2008 at 1:31 Permalink

    この前何年かぶりにStand by meを観てて似たようなフレーズがあったよ。「12歳の頃に築いたような友人関係を、今はもう決して築くことができない」みたいなの。けどそれは18だろうと28だろうと31だろうとそうなんだよな。老いってのも悪いもんじゃないって思える余裕が大事なんだよ。

    ヤベー俺ボケてねぇじゃん。

  2. Daichi Sakota
    09/09/2008 at 8:02 Permalink

    それは実にいつも僕が考えてることなんだよね。
    中年になった僕が後から28歳を振り返れば、やっぱり同じような気持ちになることだってあるはずなんだ。だから「未来の僕」の思い出のために今をせいいっぱいやらないと。そう頭でわかってはいる。
    それでもやっぱり、高校の文化祭なんて青春のまっただ中だから「今の僕」としては少なからず感じるところがあるよね。そればっかりは仕方ない。

  3. 木村はるか
    11/09/2008 at 2:59 Permalink

    作劇は、世界で一番尊い。
    過言の自覚はあれど、
    私は本気でそう思って、
    みんなから笑われ続けながら、

    でも、今日も作劇しているよ。

    「10代の一所懸命」は確かに特別なんだけど、
    28歳になっても、
    いくつになっても、
    身を任せてもいいかな、と思えたら、
    いくらでも巻き込まれるよ。
    なんならいかがですか?一緒に。

  4. Daichi Sakota
    11/09/2008 at 8:11 Permalink

    > 木村
    一時期、映像作家の原田大三郎氏に師事したことがあるんだけど
    彼は「やはり最終的には物語に行き着く」と言っていたよ。
    彼自身の作品にはいわゆる物語というものは含まれていないんだけど
    結局は自分も物語を作っていく方向に向かうんじゃないか、と。

    僕も同じ。
    ウェブデザインには物語はない。
    (「物語性」はもしかしたら生まれることもあるかもしれないけど)
    それが演劇であるのか小説であるのかわからないけど、
    いつか物語のそばで生きたいと思っている。

    だから本当に本気で一緒に何かやりたいと思ってるよ。
    今度話そうぜ。

    ところで、この演目が何か、わかりましたか。

  5. 木村はるか
    13/09/2008 at 3:18 Permalink

    漫画やアニメにもなっている「そうか、花火だ!」

    いや、わからない。
    なんだろう?
    こっそり教えてください。

  6. Daichi Sakota
    05/10/2008 at 22:03 Permalink

    こんど話そう。ふふふ。

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